習志野市障がい者職員解雇問題についてのコメント

                                                                   2018年3月15 日

習志野市障がい者職員解雇問題についてのコメント

 習志野障がい者雇用を求める準備会(以下「準備会」と呼ぶ)

 

 「準備会」は障がい者枠で千葉県習志野市に正規職員として採用されたAさんが、9か月後の2016年2月29日に「能力不足」を理由に解雇された事件をきっかけに活動を始めました。 

 障がい者枠で職員に採用しながら、「能力不足の障がい者はいらない」と切り捨てる宮本泰介習志野市長のあり方は、障がい者と共に働き、共に生きていく社会をつくりだすどころか、障がい者を差別し排除するものであり、許すことはできないという思いでAさんとともに市内の各駅頭での街頭宣伝、署名集めなどの活動や毎回の裁判の傍聴への呼びかけを行ってきました。

 「準備会」は下記事項を方針としてきました。

  1. 習志野市にAさんの解雇撤回を求め職場に復帰させること
  2. 市内外に呼びかけAさん裁判を支援すること
  3. Aさんの解雇問題を通じて習志野市の行政の異常なあり方を市内を中心に幅広く知っていただき、身近な問題として考えていただくこと

 

「準備会」は定期的に会合を開き、市内外の方にご参加いただき、障がい者の方々や地域・職場で障がい者を支えている方々のご意見やお話もうかがい、意見交換をし、街頭宣伝と裁判傍聴への呼びかけを行ってきました。

新聞、雑誌などメディアもこの問題を取り上げ、全国に支援運動が広まりました。

裁判は毎回傍聴席を満席にするという、民事では例のないもので、如何に皆さんの関心が深かったかが伺えました。

裁判を通じて市当局がAさんを解雇したやり方の異常な実態も明らかになってきました。

市長に解雇撤回を求める署名も1396筆お寄せいただき、6月13日に第4回目の口頭弁論が予定され、勝利に向かって大きく前進していました。

 

ところが残念なことに突如裁判が延期になってしまいました。度重なる裁判やその準備で心労が重なったせいかAさんの精神状態が不安定になり、裁判の継続が難しい状態になったのです。

準備会としては経過を見守ってきましたが、Aさんの状態は改善されず、裁判に出席することが厳しい状態であると伝えられ、裁判が中断になっている状態です。

今後裁判をどうするかについてAさん自身が決めていくことは言うまでもありませんが、準備会としてはこれ以上Aさんが裁判を継続することはAさん自身に負担が大きすぎ、Aさんのためにもならないと判断し、実に残念ではありますが、準備会の上記方針であるところの

1.習志野市にAさんの解雇撤回を求め職場に復帰させること

2.市内外に呼びかけAさん裁判を支援すること

については、断念せざるを得ない、と判断するに至りました。

 

 準備会は活動を通して障がい者の方々、更に障がい者とさまざまな形で関わっている方々からのお話もうかがい、障がい者問題、障がい者雇用問題などについて議論し、多くのことを学ぶことができました。障がい者雇用問題も含めた習志野市の異常な実態も分かりました。

2018年4月からは企業や役所において障がい者の法定雇用率が引き上げられます。しかし、これだけで解決できる問題でしょうか?法定雇用率を満たすためとりあえず障がい者を雇用してはみるものの、障がい者を職場に受け入れる努力も環境づくりも行わず、いつでも解雇・雇い止めを行い、新しい障がい者を雇うことで不安定な雇用を続けさせようとする、そんな障がい者雇用のあり方を変えていくべきではないでしょうか。

私たちは再び第2、第3のAさん問題が起きないよう今後とも習志野市行政の異常な体質を広く知っていただき、身近な問題として考えていただいて市のあり方を改めていくことに努め、習志野市政がかかえる様々な問題も提起して行きたいと考えます。

この間皆様からいただいたご支援、心のこもったメッセージやサポートに心より感謝申し上げます。今後ともよろしくお願いいたします。

 

“習志野市障がい者職員解雇問題についてのコメント” への1件の返信

  1. 「障害者」ということが「差別」と言うことを健常者の方々はご存知でしょうか?物事を進めるためには仕方がありませんが、特に知的な面で劣っている人の場合は、自分の障害があることも理解できないのです。その上「障害」の意味さえも分からないのです。健常者は自分の都合で「障害者」と言う言い回しで都合よく差別をしているのです。健常者の○○さんと言われてどう思われますか?習志野市は、障害者も雇用できない器の小さな小心者のような市政に見えます。今回の件は決して道義的にも、法的にも許されるものではありません。政治は、一番立場の弱いものに先ずは手を差し出してこそ次の段階を踏むべきです。障害者に対しての法を100%遵守出来ないことは完全な詐害行為であり、絶対に過失と認めることは出来ません。社会は弱者を含めてこそあるべき姿になり、強者は常に弱者に手を差し伸べる義務を痛感すべき立場にあるのです。

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